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北米市場が、この先生き残るためには?

2009年01月31日更新 

ここ最近はこんなニュースが世の中で囁かれていますね。

ITmedia News
日本のアニメが世界に「売れない」 生き残りの道は

各所で話題に上がっているので、乗ってみます。

ちなみに、2chで騒がれているような「ハーレムアニメばっかりだからだ!」というような意見は本件に関しては、はっきりいって論外です。ハーレムアニメの好き嫌いについては、個人の主観ですし、そういった内容でも海外で受けているアニメはいくらでもあるのですから、論点がずれているとしか思えません。

さて、そんなことよりも今回は、この状況について少し分析してきましょうか。
まあ、日本のアニメが売れないという状況に関しては、前から言われていましたので、今更という感じもしなくも無いです。というのも、DVDが売れないだの、米国法人が撤退だのそんなニュースがここ23年前から騒がれていました。また、ウチのページでも、20062007年のアニメエキスポ特集、企業ブースの紹介記事内で、そのようなことを書いていました。ここ米国で展開しているソフトメーカーの減退は素人目でも分かるぐらい見えていました。

このままいくと、米国でのアニメ産業が衰退し、同時にオタク文化も消滅してしまうのではないのか?と危惧されています。しかし、それはありません。というのも、今回は、企業の市場縮小が囁かれているだけなので、決してオタク人口が縮小していくようなことはありません。その証拠に世界中では未だにファンが増えて続けているのですから。

では、なぜ市場が縮小してしまったのかについて考えていきましょう。色々と複雑な理由があるとは思いますが、その前に、まず売れていた頃について考えてみます。

空前のオタクブーム到来

まず、このニュースの文中にもあった「こんなものでも買うんだ、という作品も売れていた」という時代について詳しく語ってみます。米国におけるDVDソフト販売の絶頂期はちょうど2003年〜2004年ぐらいで、米国ではどんなアニメでも「売れば、受ける。」そんな時代でした。

しかし、なんで、そんな作品が売れていたのか。それは、ファンが皆貪欲だったからです。アニメが輸出され始めた頃の米国は、アニメ飢餓状態とでも言いましょうか。

米国において、今に続く日本アニメブームは、2000年代に入ってから始まりました。正確にいえば20032004年頃でしょうか。その頃は日本でも秋葉ブームと呼ばれていた時。また、米国のみならず、世界中でオタクブームが巻き起こった時期でもあります。(歴史的に見て、これはけっこう重要な出来事だと思いますが)

この時期は、ここ米国でも、アニメブームと平行して巻き起こった、MANGAブーム、特にNARUTOブームのおかげで幅広い世代がアニメや漫画を知るようになりました。今や日本でも有名になった、北米最大のイベント、アニメエキスポの参加者数が急増したのもこの時期です。いわば20032004年がアニメブームの黄金期。

米国には、それ以前からアニメファンは居ましたが、人数も少なく、細々と活動する程度に留まっていました。また、当時米国で販売されていた作品の極端に数が少なく、しかも8090年代の作品がほとんど。2000年に入っても、まだ「ドラゴンボール」や「セーラームーン」が幅を利かせていた、そんな時期でした。その状況で登場した、「NARUTO」は、「新作が見たい」と飢えていたアニメファンにとって、非常に衝撃的なものでした。そりゃそうですよね、米国で「ドラゴンボール」が輸出されてから既に10年。その間にそれを凌ぐ作品が全く無い状況でしたから。ちなみにこの頃は、日本とのタイムラグも10年ほどありました。

しかし、米国のオタク市場がここから急激な成長を遂げます。それが2003年頃に起こった、世界的なアニメブームです。それまでは日本の企業もアニメやマンガを輸出することに対して躊躇している部分がありましたが、先ほども言ったように、空前のNARUTOブームのおかげで、それまで市場として成り立たないと言われていたアニメ市場が急成長。そして、この時期、市場拡大のために、多くの作品がドンドン輸出されるようになり、「こんなものでも買うんだ、という作品も売れていた」という状況が生まれました。それまで日本から10年以上も離れていたタイムラグのおかげでこの時期に輸出されたアニメは、どんな作品でも現地にとって、斬新な新作として受け入れられていきました。

また、米国のアニメファンはとにかく数を求めていた時だったので、作品の内容よりも、数を揃えた市場が現地のニーズに合い、米国市場は右肩上がりに成長していきました。そんな市場が確立し、その中のでも日本以上にヒットを飛ばした作品も出てきました。日本ではそれほど売れなかった「サムライチャンプルー」なども、現地では、放送終了から既に2年ほど経ってからの発売でしたが、空前のヒット作品となりました。また、その2年の間にアニメファンの人口も一気に増え、新作アニメの登場で、それまでアニメに全く興味の無かった世代を次々と魅了していきました。

さらに、この頃はまだインターネットで動画を見るというのも無かったような時代でした。今とは事情が全然違いますね。この2年間は、単なるバブルと言われても仕方ない、企業にとって、なにをしても面白いぐらい売れる時代でした。

オタク市場の暗転期到来

そんな夢のような状況が一転してしまったのが、今も問題になっているネットでの違法視聴の台頭化。最大の転機は2006年のYouTubeの登場。あそこから動画をネットで、しかもタダで見ることが当たり前になってしまいました。

しかし、この状況以前から、アニメファンの間でも少しずつ意識が変わっていました。そう、当時、日本から輸入していた作品のほとんどが、名作と呼ばれるには程遠いような作品で、それまで新作アニメに飢えていたファンの間でも、その中からモノを選ぶようなりました。新作アニメに対しても、自分の思い入れのある作品と比べ、それ以上のあるいは同等の良質な作品を求めるようになり始めました。これがちょうど2005年ぐらいですね。ある程度の普及が終わり、この頃から市場の成長も頭打ちになりました。

しかし、その状況、ニーズに気づかなかったアニメ販売企業は、いつまでも売れる作品よりも売りたい作品を入れることに必死になっていました。ここから米国でのアニメ市場が面白い具合に転落していきます。2005年〜2006年にかけて始まった、大手家電量販店での、アニメDVDコーナーの縮小、また、相次ぐTV放送打ち切りなど。(上記にあったような、売れない作品がテレビで放映されていた状況)それに追い討ちをかけるような形でYouTubeが登場し、アニメファンが一気にDVD市場から離れていきました。

これも元々、オタクブームで生まれた新たな米国ファンのお金が無い世代がほとんどだったので、日本では破格とも思える値段のDVDが売られていても、一切買わないファンが急増。アニメ販売の市場縮小の大きな問題のひとつにもなりました。彼らに言わせてみたら、「タダより高いものはない」ならぬ、「タダより安いものはない」といったところでしょうか?

また、ファンの趣向も日本のコレクターとは違ったのも市場縮小の原因になりました。ここ米国はアニメファンといえば、コスプレイヤーの方が多く、グッズにお金をかけるよりもコスチュームにお金をかける人の方がほとんどという状況であります。こういった事情が重なり、遂にアニメを販売していた企業が撤退するまでに発展。

それが2007年のジェネオンUSAの撤退。これらの状況をモロに映した出来事でした。このジェネオンUSAは、日本のジェネオンの純子会社であり、2005年のアニメエキスポではKOTOKOを呼び、大規模なコンサートを開催するなど羽振りを利かせていましたが、本業のDVD販売は振るわず、年々赤字が続く企業でもありました。

しかし、ここは、アニメ販売において非常に積極的で、他企業が販売している新作アニメが35年前の作品だった市場のタイムラグを一気に縮め、12年内の作品を販売する市場に変えてくれた功績があり、現地からも一目を置かれる企業でした。

また、日本で未だ人気が高い、ローゼンやシャナの米国での販売権を持っていた企業だったので、期待はされていたのですが、結局それらの作品の販売が振るわず、最終的には撤退せざるを得ない状況まで追い込まれてしまいしました。

ジェネオン撤退によって、新作アニメの米国上陸への道が完全に閉ざされてしまいました。これほどの大手企業でも撤退せざるを得ない状況になってしまったから、さあ大変。米国では、どこも新作を出しても全く売れない状況になってしまいました。

一番有名な例が、涼宮ハルヒの憂鬱の大失敗。この作品が米国で発売されたのが、2007年。 2006年に放送されていたので、たった1年で翻訳化され、企業側もかなり努力、成長しましたが、2006年といえばYouTubeが登場した年ですね。世界中でハルヒが見られていた時です。この頃から、米国ファンと日本ファンの間の時差が一気に縮まりました。その結果、ハルヒの米国版が登場した時点で、現地では時代遅れに。当時、日本では、らきすた、グレンラガンが放送していた時期でしたが、みんなの興味は既にそれらの作品に向いていました。たった1年遅れでの発売でも、ファンには喜ばれず、ハルヒの北米進出は散々な結果になってしまいました。

なぜこうなってしまったのでしょうか?
それは、ファンが「リアルタイム」に新作を欲する世代に変わっていたからです。

そんな状況で、どの企業も苦戦を強いられ、ファンよりも企業の方が細々と活動していく状態になってしまい、 そして、20082009年の現在は、ネットでリアルタイムに見ることが当たり前の状況になってしまいました。

これからの対策について

以上の状況をおさらいすると、最初に書いたような作品自体の質の低下が原因とは到底思えません。というのも、米国オタクは未だに貪欲で、新しいものが大好きで、日本と同じものを見ることが大好きだからです。

どちらも同じように思えますが、日米のファンの間でもひとつだけ違いがあります。日本と大きく違うのは、見られることに幸せを感じている部分でしょうか?また、これは さすが米国というのか、最近は作品に対する愛よりも数を消費することが先決しているようにも思えます。

では、このような状況のなかで企業が生き残るためにはどうすればいいのか?
これは個人的な意見ですが、これから企業はこの「リアルタイム欲している」という部分に着目すべきではないでしょう?

今やアニメのソフト販売は時代遅れ。米国では特にはっきりとしています。米国のオタクはインターネットがファーストソースになっています。NapStarWinMxYouTubeが生まれたのがどの国なのかをもう一度思い出してください。また、違法アップローダーや、字幕化がこれだけ支持されているのも、はっきり言えば企業の展開が遅いのが一番の原因。とはいえ、今の世界情勢の中で、DVDなどのソフト販売によって成り立っていた市場を修復するのは、至難の業。どのように改善していくのか、これはもう、日本の企業が違法アップローダーよりも先に世界に配信することが唯一の打開策としか思えません。

最近では少しずつですが、そういった企業も増えてきていますし、これが主流になることが先決ではないでしょうか?もちろん、海外向けに翻訳することは容易なことではありません。しかし、この記事にもあるテレビ東京の取り組みを積極的に取り入れていくことが重要だと思います。

ただし、この方法を用いても最初は結果が出ないかもしれません。それも米国には2chのような皆が知っている共通のサイトを持っておらず、皆個々のコミュニティーをもっているからです。

支持されるサイトを運営していくには、やはり米国各所で行われるイベント、特にAXOTAKON級のイベントで積極的な宣伝、アピールを行っていかないといけません。極端な話ですが、たとえば、ニコニコ大会議のような形式で、そのサイトを紹介するイベントを開催したり、大物ゲストを呼び、コンサートの途中でサイトの使用方法を紹介したり、企業ブースで実際に触ってもらうなど、とにかくこの広い国土では、より多くの人に知ってもらうことを優先して展開していくことが重要です。大枚をはたいても、そういった企業努力が今後生存していくための道だと思います。

今回は以上です。

RT @yoshisawa: 北米市場が、この先生き残るためには? - BUNKA:EXTEND

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